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「農業ビジネス」

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 去る5月23日、早稲田大学井深大記念ホールにて捕鯨賛成派によるシンポジウムがあり、左にチラシを見てみると、来ればタダで鯨が食べられるし、あの猪瀬直樹が来るということなので行ってみることにしました。
 会の参加人数は思ったより少なく200人ほど。最初にプロローグが少しあった後に、猪瀬氏の出番です。私はてっきり、彼がクジラのことばかりを話すのかと思っていて何を話すのだろうと考えていましたが、最初に彼から「私からは特にクジラのことについては話しません」と言葉があると期待が裏切られた感じがしました。
 猪瀬氏の講演は、全員に配布された手作りの資料によって進められ、まず道路公団民営化に関する話の紹介があった後、本題として最近出版した著作「ゼロ成長の富国論」で述べていることの説明が行われました。この本で展開されている論点の一つに「公共事業立国から農業立国」というものがあり、そのページに来た時は、私は、「農業?」という感じでピンとくるものがなかったのですが、しかし、彼の説明を聞いてくるうちに非常に興味深いものであることが分かってきたのです。

 今回はその内容を紹介しようと思います。

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<要約(一部説明追加)>

「公共事業立国から農業立国へ」

 バブル崩壊から現在に至るまで、政府・民間を含めた建設投資額(名目)は、84.0兆円(平成4年度)から51.9兆円(平成16年度)へと約62%も減少し、平成8年度から現在に至るまで、8年度連続で減少傾向が続いている。それに対し、建設業従業者数は620万人のまま変わらない。建設投資額が再び元の水準に戻ることは考えにくいので、建設業従業者の約4割にあたる250万人は新たな成長産業へ進出することが望ましい。
 ここで、農業従業者数の変遷を見てみると、高度経済成長前期の1960年には1300万人であったのが、農業輸入自由化が本格化する前の1980年には530万人となり、2000年には260万人となり現在に至る。この間、建設従業者数は、1960年に250万人、1980年に550万人、2000年には620万人と増加している。つまり、1980年に農業従事者数と建設業従事者数が逆転しており、前段で述べた250万人は1980年から現在までの農業従事者の減少数に近い。
 では、日本の農業の現状を見てみよう。現在、日本の総世帯数4700万のうち「農家」は20万世帯(0.5%)に満たない(専業農家は40万世帯あるが、65歳以下の男子生産年齢人口がいる世帯でないと、「農家」と言えない)。また、全国の農地480万haのうち44万ha(約一割)が耕作放棄され遊休地になっている。例えば、この影響として、昨年、全国各地で熊が出没したことが挙げられる。この要因の一つが、遊休地となった農地の荒地化であり、熊の方が自分の縄張りと勘違いしてしまったのである。以上から、日本の農業が空洞化していることが分かる。
 そこで、日本の農業の再生は可能なのであるのであろうか。日本のGDP約500兆のうち消費支出は約320兆円である。飲食費関連がその中の80兆円を占めるにも関わらず、農業産出額はわずかに9兆円に過ぎない。よって、農業生産部門は、建設業分野などとは異なり、拡大余力が大きい分野と言えこれからの攻めの農業への転換は可能である。農業が盛んな国といえば、第一次産業従事者の多い途上国が思い浮かぶが、決してそうではない。農産物輸出額で見れば、世界最大の経済大国のアメリカでは約5兆6000億円(日本の35倍)、フランスでも約3兆4900億円(日本の20倍超)などから見ても分かるように、農産物輸出額が高い国々はどれも先進国である。そこで、それらは日本のように人口密度が高くなく用地が余っている国だからなのではという意見もあろうが、オランダの約3兆3000億円やドイツの約2兆7000億円を見ればそのような考えには当たらない。では、これらの国に対し、なぜ日本が約1600億円というふうに水をあけられているかと言うと、欧米の先進農業国では株式会社が工場的に農業を行い大規模効率化が達成されているからだ。日本では、戦後の農地改革以降も農業は個人経営が主流であり大規模化が妨げられてきた。また、先祖代々の土地を手放す抵抗感もあったのであろう。だが、ここにきて農業の次の担い手が見当たらない中で、借地という形式で農場の再編成の見込みが現れ始めている。そして、この農業工場の担い手に、多すぎる建設業従事者や、500万人のフリーターや100万人のニートの一部を、新しいライフスタイルとして充てるのである。例えば、ある外食チェーンでは、食事に出す野菜を子会社の野菜生産工場から調達しているが、その従業員はフリーターやサラリーマン、OL出身の人たちで構成されていて、そこから独立し農場を始めた人も出てきている。また、高層ビルの建設で、これから都心部で雑居ビルが空室の増加で破綻してくる。それを棚田に転用することで、都会で農業を行ったり、農業訓練施設としての活用もしたりできるのではないか。
 そして、日本人は食に関しては世界で最も贅沢である。つまり、日本で通用するものは世界で通用するのだ。例えば、日本のみかんは、品種改良の結果として手で剥いて食べることができるが、オレンジはそれができないので、アメリカで日本のみかんの売れ行きが好調であるらしい。また、北京では、日本で1個100円か200円しかしないリンゴが2000円で売れている。すなわち、これまでの日本の農業政策は外国からの輸出阻止の一点張りであったが、付加価値の高い日本の農産物は適切な輸出戦略を立てれば海外で販売することは可能であり、諸外国と並ぶ1兆円産業へ拡大することは十分に実現可能なのである。
(完)

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 読んでいただけましたか。地味な分野であったはずの農業から夢と希望が湧いてくるような気がしませんか。
 この講演会があった少し前、九州に住んでいる友達からの話の中で、彼の地元である愛媛県宇和島市の農業・漁業の振興についての話題がありました。彼は、産業不振が続く宇和島の活性化のために、特産のミカンとハマチを中国・韓国などの富裕層向けに輸出する策があると言っていました。中国で高い日本農産物を売れるのかという気がするのかもしれませんが、人口の1%が富裕層であれば、1300万人が富裕層となりますから、やはり一つのターゲットになりうるでしょう。私は、彼の話を聞いた時には、うまくいくかなぁと思わずにはいられませんでしたが、この講演会を終えて、まんざらでもないなと思いました。輸出農業が、これから注目のビジネスに発展するのかもしれません。


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こんにちは。

「告別」

 もしもおまえが
 よくきいてくれ
 ひとりのやさしい娘をおもうようになるそのとき
 おまえに無数の影と光りの像があらわれる
 おまえはそれを音にするのだ
 みんなが町で暮したり
 一日あそんでいるときに
 おまえはひとりであの石原の草を刈る
 そのさびしさでおまえは音をつくるのだ
 多くの侮辱や窮乏の
 それらを噛んで歌うのだ

 もし楽器がなかったら
 いゝかおまえはおれの弟子なのだ
 ちからのかぎり
 そらいっぱいの
 光りでできたパイプオルガンを弾くがいゝ
_______________________

 どうですか?何か感じるものがありましたか?

 第一回目は、宮沢賢治「告別」を取り上げたいと思います。その作品は昭和元年に作られ、上の引用はその一部です。宮沢賢治自身も教師をしていましたが、この詩は、教師が学校を去る際に生徒に対して書いた手紙のようなものとなっているようです。戦後の高度経済成長により豊かになった日本では、この詩にある昭和初期の地方の貧しさは見られませんが、自分の指導した生徒だとか後輩だとかに対する愛情などは今の時代でも生き続けているだろうし、これからもそうであってほしいと思います。特に、最後の4行、

 もし楽器がなかったら
 いゝかおまえはおれの弟子なのだ
 ちからのかぎり
 そらいっぱいの
 光りでできたパイプオルガンを弾くがいゝ


の部分は好きですね。この部分は、村山由佳の「天使のはしご」のプロローグにも引用されています。もしもこの詩を高校のころに知っていたなら、生徒会誌のメッセージにでも載せていたに違いないだろうなぁ、と思うと同時に、この作品に出会っていなかったその頃の自分に悔しみを感じてしまいます。

こんな感じでこれからもよろしくお願い致します。
 
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