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The drinking age should be lowered to age 18.


Boys and girls who are no less than 20 years old are not permitted to drink alcohol by law. However, in fact, many of the people who are 18 or 19 years old often drink by tacit agreement. They are employees or university students, and they go round with people who are 20 and over so. So, they cannot avoid drinking, and the law which prohibits people who are no less than 20 years old from drinking is broken everyday.

There are other stories that look like that. For example, one of those is the curriculum problem in high school. The race of the entrance examination of universities has become harder and harder, so many of high schools break the formal rule of curriculum and teach for the examination. There is no use of prosecuting the impossible regulations.

Why can laws have meanings? That is because every body follows laws. Nevertheless, many people do not keep that drinking law. This situation is very bad for the world. We must correct that. But, it is very difficult to prevent 18 or 19 people from drinking, so that law should be changed. That is why The drinking age should be lowered to age 18.
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社会のタブー


高校履修問題。これは、社会のタブーが、ひょんなことに、ある日突然、崩壊する例の一つである。


この報道がなされる前に、主に進学校で履修科目が不足していた
、ということは、学校関係者のみならず、マスコミや教育委員、文科省の官僚はよく分かっていたはずだ。報道によると、文科省の役人で、「まさかそんなことがあるとは…」と言っていた者がいたが、馬鹿げている。彼らの出身校の大半が進学校であり、同時に彼らは学習指導要領のエキスパートである。知らなかったということがあるものか。同時に民間の教育行政の専門家や、ある程度教育に興味を持つジャーナリストでも、「自分の出身校は受験に要らない科目はやらなかったなぁ」と、うすうす感じていたはずだ。しかし、政府・民間の両者ともに、これまで問題にしなかった。確かに、ルールには違反しているが、問題にするほど悪いことではない、と思っていたからである。「受験に必要のない科目なんてやりたくないよ」 ― それは、現役の生徒のみならず、建前と本音の使い分けで、青春時代に受験戦争を味わった社会エリートたちも思っていることなのである。その本音と建前の絶妙のバランスによって、今回のタブーは維持されてきた。

ところが、今回、突如としてこの問題がクローズアップされた。おそらく、暗黙の了解としていたマスコミの中にも変わり者がいて、取り上げたら社会問題になるぞ、と考えていたやつがいたのだろう。まさに、その通りで、首相も見解が求められる国家の大問題となった。おそらく、今回の問題の行き着く先は、政府が慌てて本音を強調し、現行の学習指導要領を強調することでひとまず終えるだろう。その後に、ゆとり教育の見直しの中で、受験との両立ができる体制を構築していくのかもしれない。どちらにしろ、これまでの本音は闇に潜み、やはり教養は必要だ!という建前が優先することになるだろう。


今回の例に限らず、あらゆるタブーは、一部の業界関係者とマスコミの中でのバランスによって、維持し得ている。しかし、勇気のある愉快犯が現れた時には、簡単に崩壊してしまうものであるのだ。

大衆は踊る


最近、自殺報道が極めて頻繁になされてます。いじめとは関係がないものであっても、小中高生の自殺で発覚したものはほとんど全国で報道されています。これによって、あたかも自殺が急激に増えてきたような印象をもたれている方が多いようですが、それは単にマスコミに踊らされているだけです。以前は、自殺をなんでもかんでも取り上げるなんてことは、絶対なかったはずです。

確かに、近年、自殺件数は着実に増えてはいますが、ここ数週間で自殺が増えているのは間違いです。自殺自体はそんなに増えてはいないが、マスコミが自殺を報道する回数が増えているだけです。冷静に考えてそう思いませんか?自殺が流行っているなんて言っている報道はありませんよ?ただ、そう思わせているのは事実です。報道ではないワイドショーのいいかげんなコメンテーターが「ここ最近で自殺が自殺を読んでいる」という発言がありますが、ファッションじゃないんだし、自殺する人が他の人の傾向を考えるゆとりがあるのでしょうか?怖いからネットで呼びかけて一緒に死のう、とかいうのはあるのかもしれないけど。

同様なことは、少年犯罪についても言えます。90年代くらいから、少年犯罪の報道がよくなされてきましたが、これもこの頃に急に増えてきたわけではありません。少しずつ増えてきたのがある臨界点に到達したので、一斉にマスコミの注目を浴びたのでしょう。それまでは、たとえ、凶悪犯罪でも一般大衆には知られずに消えていくものが多々ありました。それが、最近になって(20年ぐらい経って)、本などで紹介されるようになってきたようです。

なにはともあれ、日ごろからマスコミの言うことを鵜呑みにしたり思い違いをせず、それらが与えてくれる情報を自分で使い分けることが重要です。



◎高3女子、校舎から飛び降り=病気苦に自殺か-札幌
(時事通信社 - 11月14日 18:10)

 14日午前10時ごろ、札幌市中央区の私立札幌静修高校(渡辺重夫校長)の校舎5階から3年の女子生徒(18)が飛び降りた。女子生徒は救急車で病院に運ばれたが、午後1時40ごろ死亡が確認された。教室に遺書のようなメモが残されており、北海道警札幌南署は自殺とみて調べている。

 道総務学事課などによると、女子生徒は休み時間に空き教室に行き、窓から飛び降りた。教卓の上には、ノートの切れ端に「いしょ」などと記したメモが置かれており、病気を苦にしていたことをほのめかす内容だった。生徒は病院から通学していたという。 

[時事通信社]
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