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戦犯

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<東條家の墓 ― 雑司が谷霊園>

 ちょうど1週間前の水曜日、ゼミの校外活動(?)で、都心の有名な墓地である雑司が谷霊園に行きました。この霊園は、明治時代に開園され、都心の中にあるにも関わらず大規模なものとなっていて、著名人も多く眠っているようです。今回は、20名くらいでそれらの著名人の墓を回りました。ところが、私は日本の文化史には無学なため永井荷風や小泉八雲と言われても分かりません。結局10近くの墓を回ったと思いましたが、まともに知っていたのは、夏目漱石と金田一京助、そして東條英機くらいでした。
 写真は、パンフレットによると東條英機が入っているとされている墓で撮ったものですが、宇田川先生の話によるとこの墓自体には東條英機は入っていないそうです。というのは、骨が残っていると戦後将来に彼らが崇拝の対象となってしまうからです。このことについて調べてみました。
 昭和23年12月23日の当時の皇太子(現在の今上天皇)の誕生日に処刑された7人の遺体は火葬されましたが、遺骨は遺族に引き渡されることなく、米軍により砕かれて東京湾に捨てられました。ところが、A級戦犯の弁護人の一人が骨捨て場から7人分の混ざった遺灰を密かに回収し、近くの寺に預けてしまいました。そして、昭和24年5月に伊豆山中に密かに葬られ、その後、愛知県の三ヶ根山という山の山頂付近に移されました。現在ではその場所に殉国七士廟が設けられ、その中の殉国七士の墓に遺骨が安置されて今に至るそうです。
 さらに分かったことですが、戦犯のA級・B級・C級とは、犯罪の軽重を表すのではなく単に犯罪の種類を表すもののようです。具体的に言うと、A級が「平和に対する罪」、B級が「通例の戦争犯罪」、C級が「人道に対する罪」を意味します。B級・C級戦犯とは主として捕虜取り扱いに関する不法行為による摘発で、B級に将校・部隊長、C級に下士官・兵・軍属が対象となりました。このB級・C級戦犯は、横浜・上海・シンガポール・ラバウル(ニューギニア)・マニラなど南方各地の50数カ所にて、弁護士なしの簡単な軍事裁判にかけられ、1000名以上が処刑されました。この中には、戦後まで日本領であった台湾や朝鮮の人の将校も含まれています。
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東條英機がA級戦犯に値するのか?

東條 英機(1884年12月30日~1948年12月23日)。日本帝国陸軍軍人、政治家。陸軍中将東条英教の長男として東京に生まれる。学習院、府立4中、東京陸軍幼年学校、陸軍士官学校17期、陸軍大学校を卒業。統制派。メモ魔で、「努力即権威」が座右の銘。軍人というより役人と言っ
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